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球磨村には恵まれた自然とともに時代を伝える数多くの文化財と民俗文化が息づき、先人の刻んだ歴史をかいま見る事ができます。 熊本県指定の神瀬石灰洞窟をはじめとする天然記念物や建造物、民俗、工芸品のほか、太鼓踊りや棒踊りなど郷土芸能も保存団体により踊り継がれ唄い継がれています。
神瀬(こうのせ)の石灰洞窟(県指定天然記念物)
岩戸公園の参道をのぼると神瀬石灰洞窟があり、縁結びの神様で知られる熊野座神社が鎮座しています。 洞口は45メートルもあり日本一。洞内に入ると天井には鍾乳石が垂れて奥に池があります。 江戸時代の勤皇家高山彦九郎もこの地を訪れました。
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神瀬住吉神社(県指定天然記念物)
大同元年(806)創立と云われ、もとは川内川と球磨川の合流点付近にあったとようですが、洪水で流された後、御神体が発見された高音の瀬を望む高台に社殿を造営。 この故事が神瀬の名の由来と言われています。
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メガロドン化石群産地(県指定天然記念物)
球磨川槍倒しの瀬一帯に見られる大型二枚貝の化石群で約2億年前のものと推定されています。 この貝は現在南洋に見られるようなサンゴに囲まれた海、すなわち浅い礁湖内に生息していたと考えられています。
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高沢鍾乳洞(村指定天然記念物)
昭和9年(1934)に発見され、石器や土器、貝殻類、獣骨等が多数出土しました。 全長430メートルの吐出型横穴で、内部は同一方向の3層構造になっており、下層は正面から下がった水流に沿っています。 この水は地区の飲用水として利用されています。
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大瀬鍾乳洞(村指定天然記念物)
球磨川槍倒しの瀬の右岸、国道219号線の下、石灰岩の絶壁の中にある全長250メートルの横穴です。 洞口付近には「権現の滝」と呼ばれる滝があり、対岸から見ると槍倒しの瀬やこうもり橋とのコントラストが素晴らしい景観です。
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向淋(むこうそそぎ)のオガタマノキ(村指定天然記念物)
国道219号線の向淋バス停を上ると地区の公民館があり、その横に聳える巨木で、招霊の木といわれます。 人吉球磨でも最大級といわれ、すぐ横には平家の落人を祀ったとされる墓があります。
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松谷阿蘇神社(村指定文化財)
松谷地区の小台地にあり覆屋にまもられた本殿は建築当初のままの姿を留めています。 中世の建築様式を遺した本殿には年代を思わせる数多くの神像が安置され、村人たちの信仰の深さがうかがえます。
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一勝地阿蘇神社の庚申搭(村指定文化財)
江戸時代、中国から伝わった庚申信仰に基づき全国各地で建てられた庚申塔。 一勝地阿蘇神社境内にも球磨村最古の庚申搭があります。
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橋詰観音の鰐口(村指定文化財)
村内で最も古い鰐口で、一勝地橋詰地区の観音堂に奉掛してあり、「肥陽田浦大河内観音御宝前」「永正十三天丙子」「一升打庚申衆」等の銘があり、当時を物語っています。
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鵜口(うのくち)観音(村指定文化財)
球磨川を渡る舟渡し場の近くで物資の重要な中継点として栄えていたところから安全を祈願して建てられたようです。 本尊は木造十一面観音菩薩立像で、相良33観音第5番札所で春と秋の彼岸には多くの参拝客が訪れます。
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亀割石
江戸時代人吉の商人林正盛は、球磨川の開削にとりかかり、舟の通行をさまたげていた亀石といわれた堅い巨岩を苦心の末に取り除き、船の通行ができるようにしたといわれる所です。 このため、球磨川の舟運が開け球磨の産業と交通が大発達しました。
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民俗芸能
球磨村の民俗芸能は臼太鼓踊り、棒踊り、建築踊りのほか狂言「ヤッコ」等があります。 それぞれに創意工夫をこらして独特の伝統を作り上げ、それを組の誇りとし財産として受け継いでいます。
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